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「ヤナ」について。

  • 2012/10/24(水) 22:40:04

こんにちは。今回は「ヤナ」という妖怪について少し。




「ヤナ」
 埼玉県川越市川越城址でいう怪異。『十方菴遊歴雑記』にあるもの。
 川越城三芳野天神下にある外堀の堀の主は、ヤナという正体不明の怪物であるという。
 川越城が攻められて敵兵がこの堀まで来ると、たちまち霧を吹いて雲を起こし、魔風を吹かせて四方を暗夜のごとくにしてしまう。また、洪水を起こして、敵兵の方向感覚を狂わせてしまうという。
 川越城を築いた太田道灌が、ヤナを利用して城を防衛したのだという。(後略)
 村上健司『妖怪事典』より

概要は上記のとおり。ですが、これの参考文献に肝心の『十方菴遊歴雑記』(以下、遊歴雑記)がなかったので、「原典はどうなのよ?」と思って探ってきた次第です。

今回取り上げたのは、1964年の『江戸叢書(江戸叢書刊行会)』に載っている『遊歴雑記』です。


まず、『遊歴雑記 初編 巻之下』から、「六拾壹 入間郡いさ沼の景望」。

 一武州入間郡古谷上村いさ沼は、足立郡中釘村より西の方壹里半にあり、(中略)
 元来此沼、川越の城の要地の爲にして、北西の上にいたりては與奈(ヨナ)川とて川越の城を取巻水下は村々の用水に引といへども、旱魃にも水曾て滅せずとなん、(後略)

ここでは川越城を取り巻いていた川を「與奈(ヨナ)川」と記しています。その水は川下の村々も利用していましたが、旱魃の時にも枯れることはなかったようです。


次に、『遊歴雑記 初編 巻之下』から、「六拾貳 みよしのヽ里の風色、よな川の由来」。

 (前略)むかし太田道灌翁の縄張し工夫を以て築し第二ばんの城のよし、(中略)
 此城の外を取まく要害をヨナ川といえり、廣さ纔(ワズカ)に六七間に過ずして、左のみ深からずといへども、百萬の逞兵もわたり越がたしとなん、是はむかしより此堀にヨナといふ主住て、敵を寄付ざるが故なり、依てよな川と呼り、それはいかなるものぞと土人にたづぬるに、東南の方の芦の生茂る深き處に住て、只女なりとばかり答え、恐怖してくわしくは物がたらず、是恐らくは大蛇の類なるべし、(後略)

川越城は太田道灌が築いた、と記した後に、城を取り巻く「ヨナ川」について記しています。
ヨナという堀の主が敵を寄せ付けない、このヨナは何者かと地元の人に尋ねたところ、東南の方の、芦の生い茂る深い所に住むもので、女であるとだけ語り、あとは恐れて何も話さなかったとのこと。筆者は恐らく大蛇の類だろうと推測しています。


最後に、『遊歴雑記 三編 巻之下』から、「拾九 川越城内みよしのヽ天神」。

 同處川越城内みよしのヽ天神といふは、太田道灌當城築立の頃よりの勧請となん、(中略)
 此土手下は泥深き外堀にて水面に湛へ、上より見る處堀のはヾ凡七八間、此水下いさ沼につヾきてからめ手の堀にいたりては、粱(ヤナ)とかやいふ怪物往古より主となりして棲處とし、當城危急となり敵兵堀際に迫るときは、須臾に霧を吐雲を起し魔風甚しく、忽然と闇夜となりて近邊満水し、寄手方角に迷ひ途を失ぶて奔走すとなん、是粱といふ怪物のなす處也、(後略)

この記述が現在のヤナの説明に相当するものでしょう。しかし、ヤナの漢字が「粱」であると明記されている所が抜け落ちてしまっているようです。しかし、「粱」は通常「ヤナ」とは読めないので、「梁」の誤字の可能性もあります。
 また、川越城が太田道灌の築城であり、とても工夫が凝らされていたことは記述がありますが、「道灌がヤナを利用して城を防衛した」というような記述は、この三項目からは見つかりませんでした。


以上が今回の記録になります。ほかの資料を確認していないので何とも言えませんが、ヨナ川という名前、女だという記述、「粱」という漢字など、新たな再発見が幾つかありました。


※10月26日追記 ヤナの漢字が正確には「梁」ではなく「粱」と記されていたので、記述を少し変更しました。

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